悩める主婦が幸せについて考えるブログ(仮)

40代前半主婦。会社を辞め育児に専念することにした。日々の気持ちや育児メモなどを綴る。

遠足でのお弁当場所問題

先日、幼稚園の遠足がありました。

 

お弁当を好きな場所で広げて良い事になってるんですが、誰と食べるか決めるのは、コミュ障ボッチママ(私だよ!)にとって最難関イベント。

いっそのこと幼稚園側で全部決めてくれればいいのに。

 

そんなこんなで、息子のお友達のママ(ただし親同士の交流はなかった)に勇気を振り絞って声を掛けました。ありがたいことに、快く受け入れて頂けました。

やっと遠足での一番の大仕事終わり(大げさ?)。

 

安心したのもつかの間

目の前に、ポツンとみんなから離れて座ってる親子を発見。

その子は(詳細は伏せますが)事情があって週1日くらいしか来ない。なので、親子ともども仲の良い人が居ないのでしょう。

 

「こっちおいでよ」って言っても良かったんですが、言えませんでした。

 

理由は

  1. 私なんかが声かけても、話が弾まなかったら申し訳ない。
  2. 私ごときが人様に「おいで」というのはおこがましい。
  3. ラクして仲間に入れてもらえてズルイ。

 

3とか最低ですね( ̄▽ ̄;)

お前は女子小学生かよと。

 

軽く解説すると

1は

誘ってみたものの、私は話が下手。さらにその親子は毎日来る人達じゃないので共通の話がしづらい。ガッカリされたら恥ずかしい。

その親子と食べたくて誘ったんじゃなくて、同情で誘ったのがバレバレ。

 

2は

なんとなく「仲間に入れてあげる側」と「仲間に入れてもらう側」だと前者の方が立場が上に感じてしまうため。

私レベルのダメ人間が人様に上から目線で声かけるなんてできない。

 

3は

私、春の遠足も、今回の秋の遠足も、だーれも声かけてくれないので、悩んで悩んで勇気を振り絞ってやっと仲間に入れてもらってるんです。(←なぜか必死な子供っぽい口調)

 

そのママさんが仲間に入りたそうな態度や行動をしていれば、私も勇気を振り絞って声を掛けたかもしれない(上記1、2の自分ルールに反するので、声かけるのも非常に勇気がいる)。

それもなかったので、私のした苦労をせずラクするのが面白くない気持ち。

 

・・とまあ色々書いたんですけど

 

もしかしたら、親子だけで食べたい派なのかもしれません。

「お弁当はみんなでシート繋げてワイワイ食べるべき」

「親子だけで食べるなんてかわいそう」

・・などなど。実体のない「こうあるべき」に自分も周りも当てはめてしまいがちですが、本人が本当にそれを望んでるとは限らないんですよね。

 

中学生の頃と社会人になってから数年、周りの女子から仲間外れにされた経験があって、つい「孤立」というワードに反応してしまうので、ついそういう人を見ると放っておけない。当時の自分と重ねてしまいます。

私が「そう」だからといって他人も「そう」とは限らないのに。

 

色々書いてしまいましたが、あの時どうするのが正解だったか分からずモヤモヤしてます。

「自他の分離」がまだしっかりできてないんでしょうね。

そして「だから私は悪くない!」を証明したくて仕方がない。卑怯です。

自他の分離を今回の件で適用する場合は、周りから「冷たい人!」と非難される恐怖もセットですね。

 

 

 

 

 

あああーーー!!!気持ち悪い!

さっきあった出来事。吐き出させてください。

※身バレ防止のため多少のフェイクあり

 

某チェーン店でお茶を飲んでたら、ご老人が声かけてきた。(以降Aさんとします)

 

最初は携帯電話のことで質問だったんですけど、それに絡めて色んな質問をしてくる。

最初は席を一つ空けて話しかけてきたんだけど、いつの間にか隣に来た。

質問には答えられる範囲で答えてたんですけど、しまいには私の個人情報を聞いてきた。

もちろんノーコメント。

最初引き下がったかと思いきや話を続ける。そしてまた私に関する他の個人情報を聞いてくる。

答えるわけねーじゃん。

 

でね、断ると「いつも一人だから寂しかった」だと。

(寂しいからって、赤の他人である私の時間は奪っていいの??お金払ってこの場所にいるんだけど、それはどう落とし前つけてくれんの??って感じですよね。今となれば)

 

罪悪感を刺激されてしまいましたが、「自他の分離」という用語を自分に言い聞かせながら、Aさんに必要以上に関わるのをやめました。

 

Aさんが「寂しい」という事情は私と無関係。解消してあげる義務はない。

それはAさんの問題。Aさんが解決する事。

 

思えば、昔から他人の事情を汲み取りすぎて色々やってあげた結果、相手から感謝どころか裏切られる・・という事がたくさんあった。

毎回ガッカリして悲しい思いをした。

もう嫌だ。なので、もうそのパターンから抜ける!!

 

「か弱い老人相手に冷たいやつ」

「寂しいって言ってるのにかわいそう。話し相手くらいしてあげたっていいじゃないの」

「自分が年取った時、若者に邪険にされても文句言うなよ」

「老人には親切にすべき」

「老人は状況を理解する能力が衰えてるんだから、そこを考慮すべき」

・・まあこんな反対意見もあるでしょう。

というか、私の中のもう一人の私がずっとこう言ってる(泣)。

 

そういう奴は、自分が他人にしつこくされてもとことん付き合ってやれば良い。

携帯関連の質問に答えてあげた時点で、私は充分親切にしたつもり。

その境界を越えてどんどん入り込んで来たから断ったまで。

 

自宅以外の場所でゆっくりしたくてお茶飲んでるのに邪魔されて腹が立った。

 

家から遠くても、高くても、店員さんの目が行き届いてるお店でお茶すれば良かった。

 

すいません。

「ああ気持ち悪い!」というのと「私って酷い人間なのかな?」というのがごちゃまぜで落ち着かなかったので、思ってることを整理するために書きました。

 

(追記)

 

上の方で、「他人の事情を汲み取りすぎて〜〜(中略)〜〜パターンから抜ける」

と書いたんですが、パターンから抜けるには罪悪感も受け入れるって事なのかもしれませんね。

 

今まで「良い人・親切な人」と思われたくて自分を犠牲にしてきた。確かに罪悪感からは逃れられたのかもしれないけど、自分の本当の気持ちを無視し続けてきたんですよね。

 

自分を押し殺して相手に合わせてあげたのに、希望してたはずの「良い人」という評価を得ることができなかった。毎回そうだった。

もう「良い人」評価を他人から期待するのをやめる。今回みたいな罪悪感とセットになるけど、受け入れていきたいです(苦しいけどね)。

幼稚園辞めたい

息子じゃなくて私が(汗)

理由は、他のママさん達と上手く付き合えないからです。

 

幼稚園のママさん達はみんな良い人です。

いじめられたとか一切ないし、誰も人の悪口を言いません。たぶん平和で良い環境だと思います。

でも、すごく疲れてしまうんです。

 

幼稚園のイベント準備で定期的に集まるんですが、私が常に自分を監視して緊張状態が続いてます。

常に「失礼な事言ってないか」「粗相してないか(例えば、皆が動いてるのにボーっと突っ立ってないか・自発的にかつ的確な手伝いができてるか)と自分を見張っています。

それを少数の人に対してじゃなくて、その場にいた人全員に向けて同じように自分を監視してる状態。

 

毎回終わると一人反省会。精神的にどっと疲れます。最初の頃なんて家で泣いてた。

 

これはイベント準備だけじゃなくて、毎日の送り迎えでもやっています。本当に苦痛。

 

自分だけじゃなくて、他人の事も見張ってる。

他のママさんの態度がちょっとでも素っ気なかったり、険しい(ように見える)顔をしていたら「嫌われた??」と勘ぐって勝手に落ち込む。

 

私個人の問題なら良いんですけど(でもショックにはショック。嫌われるのが怖い)、

ママさん達と上手くやらないと息子が幼稚園で不利益を被るのでは、と思うとものすごく焦る。幼稚園の方針が「ママさん同士仲良くしましょうよ」という感じなので余計に。

先生との面談で「ママ友出来ました?」と聞かれた時は「はい」と言えず、恥ずかしくて死にそうでしたorz(いい大人なのに周りと上手くやっていけない自分は価値がないという思い込みで・・)

 

ママさんと仲良くなる事で良い情報や、子供同士が幼稚園の外でも交流できて楽しみの幅が広がるというメリットはあると思います。

でも、メリットのためにママ友を「作る」というのが、その人を利用するみたいで嫌だなって思ったり。

 

あえてママ友を作らないと決めるのも変なので、私はその場で自然に気の合う人がいれば友達になれればいいやーーと思っています。

 

なのに、勝手に周りからの圧力を感じてしまうorz

そして自分を勝手に責める・・。

 

私の都合で辞めるわけにいかないので、自分でなんとか折り合いをつけていきます。

ママさん達と関わって気付いた事

幼稚園のイベント準備で、他のママさん達と定期的に関わっています。

 

そこで気付いた事がありました。

 

それは

 

場の中心人物になるために特殊技能はいらない

言い換えれば

みんなの人気者になる事と、特殊技能は全く関係ない

 

です。

くどくてすいません。どっちの表現も書きたかったんです・・。

 

私はコミュ障なので、自分から声をかけられない。

だから特殊な技能(音楽でも美術でも芸能でも)さえ身につければ、それをきっかけに話しかけてもらえる。関心を寄せてもらえる。輪の中に入れてもらえると、考えていました。

そのため、特別な人間になろうと努力したり、特殊技能持ちの人に激しく嫉妬したりしてました。

 

でも違ったんですよね。

 

幼稚園の中心人物的なママさん(Aさん)は至って普通の人。

特殊技能はないけど、いつも明るくて、みんなのことを気にかけてくれて(例えば「怪我もう良くなった?」とか「◯◯ちゃん、最近すごく元気になったよね」とか言ってくれる)、みんなに分け隔てなく接してくれる(オシャレでセレブっぽいママも、地味で庶民的なママも)。

Aさんのこういう所に惹かれてみんな集まるんだろうなって思いました。

 

対して、特殊技能持ちのママさん(Bさん)。

ママ友は普通にいるし、別に悪い人ってわけではないんですよ。でも中心人物じゃない。

最初はBさんの特殊技能が珍しくて、ちょっとチヤホヤされるんですが、それは一瞬だけだし、その場にいた人のごく一部。

常にBさんの周りに人が集まってるわけじゃない。

 

それを見て

あー、人って特別な人という理由で集まるわけじゃないんだな。と思いました。

 

Aさんが優れててBさんが劣ってる、と言いたいわけじゃないですよ。

 

人の注目を集めたいがために、自分以外の何者かになろうとするのは無駄だしやめようね、と自分に言い聞かせてるという事です。

 

親と同じ事してる・再び

昨日、親がやってるように私も息子を怒ってる事に気付き愕然としたんですが。

また一つ、親にされた事を息子にもしそうになったことに気づきました。

それは息子の交友関係です。

息子の幼稚園の友達はほとんど女の子。

男の子とも遊ばないと、男らしさが身につかないのでは・・。と気をもんでいました。

夫に冗談で「この子女子に人気あるんだよね。でも男の子とも遊んで欲しいよね。。」ってよく話してた。

息子には「男の子とも遊びなさい」とは言ってないのでまだセーフかな・・。

これがもし小学校高学年以上だったら、本人に言ってたかもしれません。それはマズい。

 

私が小学生の頃から、母に言われていたこと↓

  1. 自分より小さい子と遊んじゃダメ。大きい子と遊びなさい。
  2. (不良っぽくておませな)Aちゃんと遊んじゃダメ。(しっかり者の)Bちゃんなら良い。
  3. 男子とも話しなさい。視野が広がるよ。(これは高校生になってから言われた)

 

1は、自分の成長につながるような子とだけ遊んで欲しい。小さい子と遊んでも成長できない・・と思ってるんでしょうね。(今思えば、小さい子と遊ぶのだって、自分より弱い子に目線を合わせことで思いやりが育つ。成長につながるんですけどね)

2は、悪い影響を受けそうな友達を排除したかったんだと思います。

3は、まあそのまま。でもね。がんばったけど相手にしてもらえなかったんじゃー!!そう言うなら美人に産んでくれよ!!!(恥ずかしくて親には黙ってたけど)

 

本来、友達って「単にその子と居たい」から友達なわけで。

成長やら何やらは、あくまで結果なんですよね。

母の教えは「自分の役に立たない友達とは付き合うな」と言われてるようなものです。

 

あー、間違いだったんだな。

 

親には親の事情もあったり、娘には「こうなって欲しい」という期待もあったんでしょう。

私は長女なので、親の期待がすごく大きかったです。

 

時代背景や地域の特性もあったでしょうね。

同じ小学校に子供を通わせている親は、お互いに監視し合い、マウンティングしあう(ご主人のスペックや子供の成績等で)ような環境でした。(母子家庭は当然バカにされる。小中学校の担任にも差別された)

母は、学生時代の成績が優秀だったそうなので、「自分は優秀なんだから、自分の娘が優秀じゃないのは認めない」「優秀な自分が、親同士のマウンティングに負けるなんて許されない」そんな思い込みがあったんだと思います。

当時マウンティングという言葉はなかったのですが、そのような事を違う表現で言ってました。

常々「◯◯には負けるなよ」と言われていました。◯◯は、母が見下してる人の娘。比較対象はしょっちゅう変わる。

 

だから不良っぽくて、年齢に見合わないレベルでませてたAちゃんと仲が良いなんて、他の親に知られたくなかったのかもしれません。

 

「自分が優秀だから」と言う理由以外に、母子家庭の意地もあったんでしょうね。

母子家庭と言うだけで、スペック関係なくバカにされた。だから周りから何も言わせないように・・と思ってたんでしょう(でもこれは私のためでなく、母が自分のためにした事だと思ってる)。

 

私も今まさに、息子が理想の息子になるように監視・コントロールしようとしていた。

「男はたくましくなければ」「男は男同士でつるんでいるもの」など。

 

親の事情がどうあれ、あれは間違い。

許すも許さないもないですけどね。

 

そんなわけで、息子の交友関係は黙って見守ります。

親と同じ事をしてしまった

私の母は、小さい事でも大きい事でも同じテンションで怒ります。小さい失敗でも、私の全人格否定くらいの勢いで雷を落とす。

失敗した内容に言及するだけじゃなくて、関係ない事まで持ち出して説教を続ける。

「だからアンタは◯◯なんだよ。そんなんだから△△になれる訳ない」とか。まー、長い長い。

 

そうやって言われ続けるとどんな大人になるかというと。

失敗が極端に怖くなるんです。言動の基準が全部「人に笑われないかどうか。私間違ってないかな?」になるんです。

 

それを、息子にやってしまいました。

小さいおもちゃを取りづらい場所に落としてしまい、私に「探して」と言ってきたんですけど

見つけた私「ここにあんじゃん!!よく見なさいよ!!」って大きな声で言ってしまった。

さすがに横道に逸れた長い説教まではしてませんが。

 

・・やばい。即刻やめなければ。

 

やめようと思ってやめられたら苦労しないんだよね。。

 

何も解決してないけど、今は気付いたって事だけ。